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前編では、外出を伴う行為・サービス利用の再開を妨げている生活者の心理として「感染不安」「将来不安」「同調圧力」の3つが大きな要因となっていることをADK生活者総合調査結果(2020年7月実施)に基づいて見てきました。後編では、コロナ禍の不安定な環境で生じた「不安」「同調圧力」のようなムードがある中で、生活者の行動のきっかけをつくるための3つの視点を考えます。
7月に調査した新型コロナに関連する「現在の心配事」のうち、今回の分析で注目した感情は「外出自粛によるストレス・体調変化」です。非常に心配・やや心配を合わせて61.8%の方がストレスや体調変化を心配されています。
図4
7月時点で外出自粛の要請も緩和に向かっていましたが、イベントの延期や中止、外出機会や大人数での食事会の制限は継続していました。11月25日、政府が「勝負の3週間」と感染拡大の対策を呼び掛け、東京都では酒類を提供する飲食店及びカラオケ店の営業時間短縮を要請。国内外で不安定な状況が長期化しており、今後もストレスが高まる場面は増えそうです。 一方、本記事の前編で紹介した「自粛率」と「現在の心配事」の関係を分析した結果、ストレスがもたらすもう一つの側面が見えてきました。
図5
これは、NEC社のご協力のもと実施したCausal Analysis※の結果です。「外食自粛率」という目的変数を作成し、説明変数に新型コロナに関係する「現在の心配事」を用いて、外食過去1年利用者をベースに分析しました。どのような心配事が外食の自粛率を高めるのか、という因果関係をパス図で示したものです。
※NEC Causal Analysisについての詳細は、NEC社ウェブサイトをご参照ください。
左上にある「自粛率(外食)」に影響する要素ランキングにおいて最も高いのは「自分自身の感染」であり、感染不安が自粛をもたらす最も強い要因であること示しています。私が着目したのは先ほどご紹介した「外出自粛によるストレス」が2番目に強い要因となっており、かつスコアがマイナスとなっている点です。これは外出自粛でストレスを感じている人ほど外食の自粛率が低い、すなわち外食の再開に前向きであることを示しています。つまり、外食という行為がストレス解消の手段になっていると解釈できますが、翻って外食のような日常における「ストレス解消」や「楽しめる体験」の提案がコロナ禍における生活者の行動のきっかけになり得ることを示唆しています。
アフターコロナには自粛の反動消費が増えるという予測もありますが、コロナとの共存が続く環境においては、むしろ日常の生活でストレスを解消し、楽しめるような体験の提案していくことが求められているように思います。例えば、普段の食事は節約するけれども、たまに美味しいご飯を食べるなどのプチ贅沢やメリハリをつけた消費、家の中での非日常や気分転換を手助けする商品・サービスへの消費は今後も継続するのではないでしょうか。
コロナ禍における広告コミュニケーションのターゲットを考える際に、コロナ前と同様に考えてもよいのでしょうか。特に、旅行や外食などの外出、感染不安を伴う商材については、これまで通りのターゲット設定でよいのか、経営環境が厳しくなる中でより費用対効果の高いコミュニケーションが問われるように思います。 先ほどご紹介した外出を伴う行為・サービスへの態度の分析で設定した「自粛継続者」「再開意向者」の間にはどのような違いがあるか、性別・年齢などのデモグラフィック属性に加えて、各サービスカテゴリに対する価値観や利用頻度などの利用実態の設問項目をクロス集計しました。その結果、特に両グループの間で差が見られたのが利用頻度・回数です。
図6
まず、国内旅行(宿泊あり)については、再開意向者の73.3%は過去1年に2回以上国内旅行をしており、年間平均は3.4回、自粛継続者の約1.5倍の回数となっています。外食についても同様に、再開意向者に普段の外食頻度が高い人が多いことが分かります。つまり、コロナ禍でも利用再開に前向きなのは、そのカテゴリのコアな利用者、すなわちファンに近い方々であることが考えられます。 もちろん、コアな利用者がすべて前向きなわけではありませんし、コロナに対する不安の程度も人によります。そのため、安全・感情に配慮することは基本とした上で、既存顧客・ファンの意欲を高めることがコミュニケーションの費用対効果の観点からも合理的であると考えられます。 また、現在のような不安の多い状況下では、新たなブランドやサービスを試すよりも、安心できる信頼できるブランド・サービスを選びたいという心理も働きやすいと思われます。そのため、コロナ禍のような危機を乗り越える観点からも、既存顧客やファンとのつながりをつくり、維持することの重要性が高まると思われます。
最後に、ではどのようにアプローチすればよいのでしょうか。コロナ禍では、政府・自治体からの自粛要請を受けて出る杭を打つ多様性を許さない同調圧力と呼ばれる独特のムードが生じました。12月現在ではその話題も過去のものとなりつつありますが、自粛警察、他県ナンバー攻撃、感染者への批判などが生じ、閉塞感・息苦しさが漂っていたように思います。本記事の前編でご紹介した調査結果からも「世間」の視線や行動が利用再開を妨げる要因になっている実態を見ました。とはいえ、それに対する打ち手として、一個人や企業がそのようなムードを変えることは現実的には不可能と思われます。 しかし、例えば外出自粛が続く中でトレンドとなった「お家でキャンプ」「ベランピング」のように、現在のムードに合わせた提案であれば、抵抗なく、前向きに行動に移すことができるのではないでしょうか。世の中で多くの人がやっていることは試しやすいという心理を踏まえて、同調圧力を逆手に取ったアプローチとも言えます。 同調圧力は世間の大多数、すなわち“世の中の正解”に合わせる心理であり、その反対にあるのが多様性です。そのため、コロナ禍において生まれた多様な生活の楽しみ方を伝えることで、新たなムードをつくっていくことや、「こんなときに〇〇はOK?」という新たな正解を提示することでムードをつくることも、チャレンジする価値があるように思われます。すなわち、コロナ禍で生じた生活者の行動変化やインサイトを捉え、いまのムードに合わせて情報発信をするというアプローチです。ソーシャルリスニングなどを活用してSNS上の投稿や利用者の声から変化やトレンドなどの事実を取り上げ、企業側のメッセージではなく「生活者の声・実態」として届けることで、その内容に共感した方の背中を押すようなコミュニケーションもコロナ禍の企業事例にみられました。
以上の考察から、コロナ禍における生活者の行動きっかけをつくるポイントを3点にまとめました。
図7
1点目は、「ストレス解消・楽しい体験」です。家という日常の空間の中で、どのようにストレスを解消するか、“日常”から離れて非日常を体験するか、いかに楽しむか、といった感情が行動きっかけとして挙げられます。
2点目は、「顧客とのつながり・ファンづくり」です。既存顧客やファンからの、また行きたい・欲しい、好き、力になりたいといった気持ちを喚起する、それに応えることが行動きっかけをつくると考えます。コロナ前に比べて移動・外出機会が減少する中で、場所を問わずにオンラインでの接点・関係を構築することの重要性がますます高まっています。
3点目は、「いまのムードに合わせた提案」です。みんなやってる、面白そう・試してみたい、という感情が行動のきっかけになります。 加えて「いましかできない」という点も挙げられます。これは決して煽るということではなく、いましかできない体験をつくるということです。コロナ禍で様々なイベント・行事が中止になる中、オンラインの夏祭りや花火大会などいまの環境でもできる様々な工夫が見られました。いましかできないことを「できる場所・機会・方法」を提案・提供することが行動のきっかけとなると思われます。 また、「意外とできる・意外といい」という気づきも生まれました。今回の調査結果でも、コロナ禍をきっかけに、在宅勤務やWEBセミナーを始めた方が多いことは明らかですが、これまで技術的に可能であったにも関わらず必要に迫られないために浸透していなかったサービスや行為が一気に広がりました。コロナ禍を機にやってみると、「意外とできる・意外といい」こうした生活の中で生まれた気づきや変化の兆候を捉え、共有することが他の方の思考や感情を刺激し行動のきっかけとなっていく。そして、便利で・快適な体験、あるいは楽しい体験を得られたものは定着し、アフターコロナにつながる常態になっていくと思われます。これまでご説明した3点はいずれもコロナ禍以前から指摘されていたことで目新しいものではありません。しかし、コロナ禍において生活者が行動するきっかけとしての相対的な重要性が高まったように思われます。コロナ禍をきっかけに新たな選択をする、ブランド・製品・サービスを試すことが行われていますが、その中でよりよい顧客体験を提供し、顧客とのつながりをつくり、ファンになっていただくことが、ウィズコロナの期間だけでなくアフターコロナにもつながる企業・ブランドの資産になっていくのではないでしょうか。
統合チャネル戦略センター データソリューションユニット リサーチデザイングループ長
林哲也 IT系コンサルティング会社、マーケティングリサーチ会社を経て、2016年ADK入社。ADK入社後、メディアプランニング、リサーチ・データ解析業務を担当。2020年1月~「ADK生活者総合調査」など自社調査の企画・運用に携わる。