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ポストコロナのエイジングとエンディング~シニアマーケティングのこれから

ニューノーマル意識・価値観

 世界有数の長寿国として注目を集める日本のシニアにも、2020年のコロナ禍は痛烈なパンチを見舞ってきた。「高齢者の感染は危険」と言われて募った不安や、自粛含む生活行動の制限の中、生活者としてのシニアは、この大変な年をどう生きようとしたか。またその延長として今後どのような生き方、生活の仕方、そして消費の仕方を形作って行くであろうか。ADKシニアプロジェクト「今どき☆新シニア研究所」が独自調査データや、現業及び外部機関との情報遣り取りから得た推察を以下ご提示したい。なお定量データは主に、2020年7月に実施した「ADK生活者総合調査2020」の結果を用いることとし、コロナ感染拡大前の同調査の2019年版(2019年6月実施)との比較等を通じてコロナ禍中のシニアの生活者像に近づいてみたいと思う。また本編での「シニア」の定義だが、ADKでは2018年から、最も広義のシニアを「50歳以上」と捉えて追いかけていることもあり、参照データも「男女50~70代=シニア」として扱って行く。

◆生活価値観=どう生きるか・・・「不要不急」の意識は働いた。しかし根底から揺らいだ訳ではない。


 その人の生活信条や価値観を測る「生活価値観」の出方を、【図1】のようにシニアに於いて高い順に見ると「世間体や体裁のために、必要ではないものを買いたいとは思わない」がトップ。今年顕わになった不要不急意識の表れか、と思うが実は昨年も同じく1位。以降、40の項目の多くが、昨年から激動、と言えるほど大きな増減は見せていない。一部、昨年上位だった「マイペースな生き方がしたい」「お金持ちになりたい」「仕事上よりも、プライベートな付き合いを大切にしたい」「ワークライフバランスを大切にしたい」といった、ある意味自分本位の生き方の類はやや後退した。これがポストコロナにどう変わるかはウォッチが必要だが、基本線を変えないという意味ではこれらの項目にもコロナ前レベルへの戻りが期待される。つまり「今は、控えておこう。終息したら、また大事にしよう。」という意識とも看做され、ある意味シニアの生活意識の“弾力”と捉えてもよさそうだ。

◆関心領域①・・・シニアの「旅をしたい!」はコロナ前から少しも後退しない。


 次に、このコロナ禍にあってシニアは何に関心を持って暮らしているか。シニアの関心事上位は、「料理」以外若い層(40代以下)より軒並み高いこと自体、その意気軒昂さが窺える(【図2】参照)。調査対象全体では「政治」「経済」への関心度がコロナ前より上がったと分析されており、図の通りシニアでも確かに高い。しかしマーケティングの矛先として注目するなら、まず堂々1位の「旅行」を見るべきであろう。この「旅行」への関心についてシニアを年齢別に切ってみると、男女等しく年齢が上がるほど関心度も強まっている、という傾向が明らかである。またそれぞれの層の関心度がコロナ禍前と変わったのか。「旅行」は概観するとほぼ変わっていない(【図3】参照)。中でも70代女性で伸びが見られ、たくましささえ感じる。


 では角度を変え、「コロナ禍による自粛」という設問で「旅行」を測定した結果を見てみよう(【図4】参照)。シニアの、特に60代以上が「旅行」の利用頻度低下、との回答割合が高い。この調査を実施した7月より前は、一番の関心事である旅行に「自粛」という釘を刺された訳で、相当ストレスも溜まったことであろう。然り、7月下旬から始まった「GoToトラベル」キャンペーンは利用が殺到し、受入側は対応態勢づくりで一時大変なことになった、と旅行代理店やホテルの現場から声を伺った。筆者も三度ほど旅行会社が企画するツアーに参加したが、本来海外旅行などを狙う層が国内のコスパ良好のツアーを賢く利用し、結果、元気なシニアが密を避けながら「ディスカバー・ジャパン」を堪能できた向きもあろう。これを書いている12月現在、年末年始のGoToトラベルキャンペーンの全国一斉停止が決定されたので、シニアもまた再び自粛のストレスを抱えることになる。しかし緩和されればすぐ動く、というのも夏のケースでシミュレーションできた。旅行にまつわるサービスや商品を提供する側は、そのシニアの柔軟な回復力を的確にすくい取る心構えをしておく ことが肝要と思われる。

◆関心領域②・・・健康への関心≒心配・不安


 一方、前記「関心度」の高さ第3位に入っていた「健康」に関して言及すると、やはりその関心は心配や不安に裏打ちされたものであろう。コロナ禍にある心配事を聞いても「医療・介護の体制の脆弱化」「ワクチンの供給体制の脆弱化」など具体的に提示するとシニアほど不安が強いことが分かる。中でも70代に顕著だ(【図5】参照)。感染拡大が健康、ひいては命に係わる危機であることをシニアもよく弁えている。

 またシニアは若年層に比べて、既にコロナ禍前から日常的に健康不安と付き合っている訳で、【図6】のように40代以下よりも不安が高めのものが多いこと、特に「目」や「筋力」のように、カラダの衰えから来る不安は歳を重ねる以上不可避だ。その一方で、「ストレス」や体そのものの「疲れ」については40代までより低いというのも特徴的。また男女差も明確で、シニア女性の肩こりやしみ・そばかすの不安、シニア男性の高血圧などはぜひ救ってあげたい領域だ。これはポストコロナにも通用する普遍的傾向であるので、そうした不安の解消をマーケティングテーマに据えることに何の障害もない。

◆心配は期待の裏返し?


 余談に近くて恐縮だが、シニアで高い「コロナ禍の心配・不安」を拾う中で面白かったのが「東京オリンピック・パラリンピックが開催されるか」というもの【図7】。年齢別に見ると50代から不安度がぐぐっと上がっている。筆者もシニアの方々に取材する中で「二度目の東京オリンピックを観るまでは死なん!」と豪語する“雄姿”に頻繁に遭遇した。これは不安というより期待の裏返しとも言え、オリ・パラの延期により、来年、世界に冠たる日本人の平均寿命がまた伸びる、のであろうか。こうした「○○までは…」という意識がシニアを元気づける例は少なくなかろう。

◆「キャッシュレス生活」にも意欲的


 この時期のシニアの消費行動として、お金周りの新しい傾向を一例挙げておきたい。「キャッシュレス生活」への意識転換は、2019年から2020年にかけて、若年層よりもシニアでの伸びが大きく、特に70代は男女共に大きく伸長した(【図8】参照)。勿論全般的にはコロナ禍の影響というよりは、2019年秋の消費増税とそれに付随したキャッシュレスキャンペーンの影響が先んじたと考えられる。それにコロナ禍が追い風を吹きつけ、この時期「密」に繋がる接触や対面をより回避できるキャッシュレス決済がシニアの消費にも受容されたのだろう。結果、もはや現役層並みの利用意識・意欲と言える状態となったキャッシュレス決済なので、今後も非対面・非接触を推進する金融機関の動向と同期してコミュニケーションのヒントにして行けるのではないだろうか。

◆コロナ禍を経て自分事化傾向が強まる「終活」領域


 シニアと言えば、彼ら特有の「終活」市場も見ておきたい。実際2020年に、ADKのシニア関連業務として件数が特に増えたのがこの領域である。【図9】は2020年に測定した終活意識。数値は段階評価のトップボックスで、TOP2ボックスになるとこのベストテンでは軒並み7~8割に跳ね上がることから、それぞれのニーズの強さが窺える。その特徴は、上位をまとめると「葬儀・終活は慎ましく、家族に迷惑をかけず、悔いなく人生を終えたい」という基本路線があることと、年齢差ではなく男女差が著しいということだ。特に4位の「断捨離」では男女差がダブルスコアに近い。どうした男子、しっかり!と言いたくなるが、これは、これまで男性より女性の方が親の介護に接する機会が多かったことや、平均寿命の関係から寡婦(夫に先立たれた未亡人)になる確率が高いことも影響していると考えられる。一方6位の「自分のエンディングは自分で決めたい」は男女差が少ないことから考えると、シニアに対しては男女等しく終活の自分事化を進められる、解決をビジネスとして提示できる領域とも言える。

 この終活意識の高まりは、正にコロナ禍と密接に関わりがあると考えられる。2020年3月の感染拡大期と同期して世の中に大きなインパクトを与えたのがタレント・志村けん氏の死去。70歳での死去であったこと、また感染者の葬儀に対する厳しい制限のおかげで満足なお別れができなかったと、彼の実兄が無念さに顔を歪めながら骨壺を抱えて帰宅する報道映像が大きな衝撃と共に伝えられた。こうした事実を突きつけられたシニアの人たちは、死生観やライフエンディングに対する意識をこれまで以上に自分事化したと言える。正に2020年、withコロナ、ポストコロナは“新・終活元年”と呼ぶことができるだろう。

◆まとめ

 ここまで見てくると、ポストコロナのシニアマーケティングには「エイジング」と「エンディング」という方向性が両立する。「エイジング」は、単なる延命ではなく、“生きる”をポジティブに延ばすこと。健康寿命の延伸に努めながら愉しく、自己実現を図ること。仮に体が弱ってもきちんとケアできるサービスのサポートが得られること。エンディングは、いつか来ることに備え、悔いを残さない手配や準備を施すこと。いなくなった後に遺族が物心両面で苦労しないよう、残す段取りを周到に用意すること。後の世代にしっかり継がせるバトンリレーを果たすこと。
 そしてこの「エイジング」と「エンディング」の両輪は、最後の時までどう輝くかを“楽しく”考えることを駆動する。従ってマーケティングテーマは、生きることに前向きなシニアの不安を軽減・防除し、お金を使う意欲の矛先を見せること。何に備え、何を済ませておくのかを具現化すること。こう考えると様々な業種にチャンスが出てくる。それぞれの領域でのチャンスを一緒に見つけて実践して行くのがポストコロナのシニアマーケティングの課題と言える。

◆最後に

 これは定量データではないのだが、このコロナ禍でもどっこい!シニアは元気に生きているよ、という証左を実感できた例として最後に紹介する。2020年6月末に行ったシニアのZoom勉強会(一般社団法人日本クールシニア推進機構主催)で「コロナ禍を経ていかがですか?」と聞かれて出た答えが何と「年年歳歳花相似たり。歳歳年年人同じからず。」(ねんねんさいさいはなあいにたり、さいさいねんねんひとひさしからず)であった。唐代の詩を引用し、悠久の自然に比した人間の無常について、いみじくもコロナ禍の2020年に堂々と言及するシニアの達観の鮮やかさ!これを聞いて我々現役世代は彼らに敬意をこそ表したいとは思わないだろうか?さすが人生の先輩!やるじゃないか。カッコいいぞ。
 そういう意味でも、シニアマーケティングにはリスペクトも必要と思い、今後もシニアターゲットに向き合って行きたい。いや、ホンネはもっともっとシニアと付き合って色々学ばせていただきたいとさえ思っている。そこに、ポストコロナの生き方の大いなるヒントが内包されているという期待も持っている。

◆ADKグループのシニアマーケティング

 こうしたマーケタビリティの宝庫であるシニアターゲットにどうアプローチするか。ADKでは2011年に「アラ☆ダン研究所」を立ち上げてから現在の「今どき☆新シニア研究所」に至るまで、シニアマーケティングの可能性を独自調査や外部専門家・機関と連携しながら知見として積み追求してきた。本編で見てきたような定量データを基にしたコミュニケーションプランニングに加え、定性アプローチやプロモーション提案に厚みをつける社内外チーム、外部ネットワークも組んで取り組んでいる。

 「国民の半分が50歳以上」となる日も実はかなり間近に迫っている中、彼らシニアのマーケティングニーズに応え、且つ社会課題も同時に解決できないと、日本は百寿者8万人(「百寿者」は100歳以上の人の呼称。また8万人は、人口比では世界中断トツの人数)を頂点とするただの高齢「大国」でしかなく、高齢「先進国」にはなれない。ご縁のあった高齢者NGOの代表が語った「高齢社会対策は産官学民の総力戦!」という金言を今日も胸に、ADKグループはその業務資質から今後もシニアマーケティングの進展に寄与すべく精進して行きたいと思っている。

ストラテジック・プランニングセンター プランニング・ディレクター

ストラテジック・プランニングセンター プランニング・ディレクター

稲葉 光亮(いなば・みつすけ)

1985年 株式会社旭通信社(当時)入社。マーケティング部に配属、主に消費財のコミュニケーション調査・プランニング業務に携わる。2002年 「金融プロジェクト」に参画、以降多くの金融機関を担当。2005年 R&D本部配属、キッズ・シニア・キャラクター等の研究・知見を蓄積。2011年 価値創造プランニング本部配属、シニアプロジェクト「アラ☆ダン研究所®」設立。2017年 シニアプロジェクトを「今どき☆新シニア研究所」に改名、所長を拝命。50~70代シニア層向けのソリューション開発・コミュニケーション戦略プランニングや、当社独自調査を基にしたシニア知見を広報リリース化し配信、それに呼応した取材・執筆・講演依頼に対応している。外部専門機関・取引先様との勉強会開催や、シニア層活性化の社団法人立ち上げ等にも携わる。
一般社団法人高齢社会検定協会認定「高齢社会エキスパート(総合)」。

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