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コロナを機に考える、音楽を取り巻く変化と課題【後編】

意識・価値観

 前編ではコロナが音楽ビジネスに与えた影響として、オンライン配信の登場と今後の課題について触れましたが、今回はソフト面での音楽の変化に目を向けてみたいと思います。

コミュニケーションツールとしての音楽

 2020年に注目された音楽として、瑛人の「香水」や、りりあ。の「浮気されたけどまだ好きって曲。」などの作品が挙げられます。彼らの動画は比較的シンプルな音の作りですが、有名アーティストに匹敵する再生回数に加え「等身大で心に響く」「とても癒される」といったコメントが多数並んでおり、「今の時代に求められていた音楽」と評することができるでしょう。

 中でも「香水」は再生回数1億回を超え大きな話題になりました。もともとTikTokで火がついたことから「若者の間で人気の楽曲」として取り上げられましたが、人口割合を考えると若者内の流行だけであの再生回数を達成できるかは疑問で、本当は若者だけなくもっと広い世代の人が含まれているように思います。その感覚も踏まえ、この作品がここまで多くの人に受け入れられた背景を考えてみます。

 現代においてもはやインフラとなったSNSでは連日、誰もが経験するような「あるある」からマイノリティまで、あらゆる人の悩みがリアルタイムに飛び交っています。そこに今回、打開策の見えないコロナ禍の苦悩が重なりました。
 この未曽有の事態は「(人とは、大人とは、男とは、女とは…)こうあるべき」という固定概念を打破し、結果として老若男女問わず感情を吐露しやすい世の中の雰囲気になったのではないかと思います。少し前の時代であれば多少強がってでも隠したかった「悩み」や「弱さ」といったネガティブな感情さえも、アイデンティティの一種として表明できるようになったということです。こういった土壌があったことにより、赤裸々に葛藤やコンプレックスを謳った作品が「自分の気持ちをリアルに代弁してくれるもの」として、多くの人々に受け入れられたのではないかと考えます。

 また、人々が音楽を楽しむ方法が変化したことにも注目です。当然ですが音楽とは基本的には音を楽しむもので、CDや音楽番組、店頭BGMなどを通じて様々な曲が「名曲」として広まり、各時代を彩ってきたという歴史があります。
 しかし最近は少し事情が異なります。動画が娯楽コンテンツの主役になったことにより、音楽だけでなく目でも楽しむ「演出」という概念がセットになりました。特にコロナ禍を機に利用者が増加したTikTokを通じて、ラッパーのリル・ナズ・Xや先述した瑛人など、数々のアーティストが大躍進しています。しかし、実際は楽曲のリリースとブームにタイムラグがあったことを考えると、爆発的に広まるためには「音楽そのもの」だけでなく「(音楽を用いてつくりだされた)演出」が人々の気分と合致して拡散される ことが鍵と言えそうです。

 

 SNSにおける話題化が曲やアーティストの知名度アップにつながることはとても喜ばしいことなのですが、一方でその消費スピードを考えると少し懸念もあります。今後同じようにTikTokで火が付くアーティストは増えると予想されますが、例えばそのきっかけとなった投稿から安直に音楽だけを切り出して同じように人々に受け入れられるのか、メディアは一考すべきでしょう。あくまで演出やサービスの仕様と組み合わさって成り立っていたとしたら、その楽しみ方を壊し消費してしまうのは作品やアーティストのためにも避けたいところです。

 以上のように、音楽は純粋に「音を楽しむもの」から自分らしさを伝える「ツール」として役割が変化し、この流れはコロナによって加速していると考えられます。よりカジュアルになった点は歓迎すべき一方で、流行りに飲まれて短期的に音楽が消費される未来はよいものとはいえません。過去の作品に並び愛される作品をつくるためにも、時代にあった「よい音楽」の真摯な追求は今後も必要不可欠といえそうです。

ADK Wonder Records

ADK Wonder Records

磯部 美月
新卒で大手日用品メーカーに入社後、ブランド・コミュニケーションの知見を広げるべく広告業界へ転身。2020年よりADK Wonder Recordsに加入。

■ADK Wonder Recordsについて
「Music is Our Way」を掲げ広告コミュニケーションをつくる、ADKクリエィティブ・ワン社内のブティック。作詞・作曲家でもある市川喜康を中心に、グラフィックやプロモーションなどそれぞれの領域で強みをもつメンバーが音のプロフェッショナルたちと協働し、“サウンド”を核としたソリューションを提供します。
https://awr.tokyo/

執筆に際して、ADK Wonder Records市川喜康、増子達郎が監修しました。

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